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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
桑山正道氏(フォイエルバッハ哲学研究家)

先日御恵送の御高著を拝受いたしました。ありがとうございます。

私は昨秋打撲で眼底出血、片目なので、ペンが定まりません。乱筆お許し下さい。

私はまだ全部を通読しておりませんが、史実としてまことに貴重、中国在留軍について初めて知りました。さすがにプロの御労作,感嘆しております。

山下氏、私より一月後輩、私も商業出身、応召は私の方が先で18年12月、同世代として生活も人生体験も似ているようです。

あなたが中国生まれと知り、御労作と関係なきにしもあらずでしょうか。

私は海軍でしたが、旅順港に半年おり、同地の予備学生教育部でしぼられました。最後は木更津基地でしたが、そこで兄と最後の別れ(20年3月9日午前10時頃)をしました。兄は一言も最後を口にせず、私もそれを察知できず見送りました。目はくぼみ、顔面やせて死相歴然でしたが、まさか別れに来たとは思いませんでした。帰郷後、遺書が届いており、泣きました。

私も紙一重で命がたもたれ運よく帰れましたが。(空母信濃でペナンに行くため門司で待機していましたが、沈没して乗れませんでした。)

木更津では第三次丹作戦に出撃の銀行24機、特攻出撃を見送り、前夜の隊員たち72名の忍び泣きの声が生涯耳から離れません。

私は戦後小樽商業の恩師と出会い、哲学を志しました。御高著の山下さんも同じような道を歩まれたのでしょうか。――私は今85年間を振り返り、今まで生きてこれたのは、ただただ無数の人の無数の情けによるものと感じて感謝しております。そして唯一の後悔は、この無数の恩人に何一つ恩返しをしなかったことでした。たまたま出会ったこの時代の戦争。無数の人たちの犠牲の原因は何か? 私には政治宗教の重要な働きを感じ、それに生涯物心をあげて取り組みました。そして天命を感じております。

長い間御厚情をたまわり、まことにありがとうございました。これからもお元気でおすごしくださいますようお祈りいたします。
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テーマ:感想 - ジャンル:本・雑誌

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