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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
田中博明氏(ギリシャ古典学)

夏ツバキが朝に花を付け、夕方には散り落ちる候となりました。夏の到来を予感いたします。

このたびは御高著『日本軍「山西残留」』を御恵与たまわり、まことにありがとうございました。二度くり返し拝読いたしましたが、周到な力作と存じます。中国史のゆるがぬ研究書・文献と私には思われました。いわゆる啓蒙書ではなく、純然たる学問書であります。伏して敬意を表する次第です。
“日中戦争外篇”と称すべき研究書だと思われます。

興味深く拝読いたしました。私にとっては、いわゆる「聞き書」ではありませんでした。「屋下に屋を架すことにはならない」研究文献と思われます。力作と書いた所以です。

「当時の中国の政治状況や国際情勢」については、全く素養や知識のない私ではありますけど、読読感は、以上の感想に尽きます。

ページに「╍╍╍本書においては普通の文章体に改めたが、山下氏の語った部分は【 】で示した」とありますが、この処理法は、米濱さんの歴史記述に正当性を付し、かつ研究書の性格を強めたように思われます。賢明な措置と思われます。

依然として“ふたつの中国”である現在、広く読まれるべき書と存じます。

論の展開にも、参考文献を付置し、心にくいばかりの歴史記述となっております。

ランケ以後、歴史が瑣末になり、いわゆる科学的歴史叙述が学界の流行となっておりますが、その流行はむしろ現代の悪弊となっていると、私には思われます。

米濱さんの御本はそれに対する頂門の一針ではないでしょうか? この方法的自覚は、『史記』を始めとする中国の正史やトウキュディデスを範とする、少なくとも3000年を閲するヨーロッパの歴史書に通底する意識と存じます。

すばらしい歴史書、歴史叙述と敬意を表する所以であります。

お礼までにて失礼します。力作です。

(字が書けないので、以下とりとめもないことを書き付けます。失礼をお許し下さい。)
  • 河本大作、名前しか知らなかったけど、とてもおもしろかった。
  • 御著を丸山真男氏にみせたかったと思いました。
  • 閻錫山、存在感があり、とてもおもしろかった。ルネサンス期の傭兵隊長みたいです。
  • 「三大規律・八項注意」の歌、聴けば思い出すかもしれません。
  • “太原”にかかわる叙述、光彩陸離たるもので、とてもおもしろかった。みごとな叙述です。
  • 『河本大作与日軍山西「残留」』、お訳しになってはいかがでしょう。
  • 第6章「証言」の項、とても考えさせられました。
  • とにかく、おもしろかった。山下さんにもくれぐれもよろしくお伝え下さいますように。
  • 研究態度に舌を巻きました。すごい。

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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
岡村繁氏(九州大学名誉教授・中国文学)

今般は最近御公刊の大冊『日本軍「山西残留」』第一刷を小生にまで早速御恵贈下さいまして、毎々の御懇情洵に難有く厚く御礼申し上げます。

早速拝読にかかりましたところ、山下少尉は奇しくも小生より一歳年下の大正12年生まれ、ほとんど小生と同世代ですので、当時の時代の推移が昨日のように生き生きと蘇り、而も同じ甲種幹部候補生として入隊しましたので、当時が手にとるように分かりました。米濱さんの大変な御苦心のお蔭で、驚くばかりに当時の状況が丹念に記載されておりまして、其の歯切れのよい叙事文に助けられ、大層よく理解させて頂きました。

それにしても日本軍の「山西残留」の詳細な経緯は始めて知ることばかりで吃驚しております。
只今まで息もつかず、御文章に引き込まれるように読みついでまいりましたが、このままでは御礼状が遅れるばかりになってしまいますので、一寸小休止、この御礼状をしたためて居るところです。本当に絶好の名著を頂戴しまして、ありがとうございました。

又、米濱さんが山東省芝罘のお生まれとのこと初めて存じ上げました。道理で中国の文化や歴史に御興味のある所以がよく分かりました。

まずは取り急ぎ御礼まで如上。

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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
浦部信義氏(編集者。大学講師)

ご高著お送りくださいましてありがとうございます。大変な力作にして大著ですね。敬服いたします。早速拝見いたします。

余談ですが、私は1950年代の末頃、私塾のようなところで(たしか日ソ協会主催だったと思うのですが)、2,3年間ロシア語を勉強しました。例によってモノにはなりませんでしたが、その時の先生が山岡少将でした。もうお歳でしたから、78ページの似顔絵よりも痩せておられましたが、面影はよく残っていました。先生は帝国軍人としては小柄な方で、160センチとちょっといった身長で、痩せ型の方でした。

笑顔のやさしいおだやかな先生で、コンパのような席では学生と一緒にカチューシャなどのロシア民謡を歌っていました。みんなで一緒にピクニックに行った記憶があります。

いつだったか先生のお宅にお邪魔したら、陸軍正装の先生がスターリン(ひょっとするとモロトフだったかも)と握手している写真が飾ってあり、びっくりしたことを覚えています。

生活は楽ではなかったようで、奥様がタバコ屋をやっておられました。山岡先生のお名前に貴著で出会えるとは。

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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
角尾隆信氏(弁護士)

『山西残留』拝読いたしました。たいへんすぐれたノンフィクションです。
早速私の読後感を思いつくまま書いてみます。

1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し無条件降伏、全戦線(満洲を除いて)にわたって戦闘は停止、武器はすべて放棄されたものと、私たちは思っていました。ところが中国においては、ゆうに百万を超える軍隊が完全武装のまま居残っていたという事実は全くの驚きでした。まして山西省に2600名残留して共産軍と闘っていたなどは、「蟻の兵隊」について知るまで全く論外でした。

『蟻の兵隊』なる著書はまだ読んでいません。

『山西残留』は、山下正男という、普通ならば幸せに一銀行員として過ごせたであろう一青年が、時代の潮流に流され、思いもかけぬ数奇な運命に弄ばれてしまった人生を描きながら、彼をこのような濁流のなかにまきこんでしまった将軍たちの卑劣な醜い無責任な行動を、克明な事実にもとづいて摘発しているように思います。

本書を読み終わってまず感ずるのは、第一軍司令官澄田、同参謀長山岡らの無責任きわまる行動です。

彼らが、宮崎参謀のように、勇をふるって、身をもって直接閻錫山と交渉し、ポ宣言受諾後、日本軍を武装のまま残存し、閻の私兵として使用するなどはポ宣言に違反し、国際法上もとうてい認められないことを強く主張し、場合によっては連合軍司令部ならびに蒋総統にも問題にすると言い渡し、直ちに一兵残らず祖国日本に送還の手続きをとるべきことを約束させ実行させるべきであった、と思うのは私ひとりではないでしょう。

ところが、将軍たちは閻による戦犯指定の報復をおそれ、姑息というのか、ゴマカシにゴマカシを重ねて、閻の策謀に加担し、結局は山下らの多くの悲劇を招いた。なかに戦死した人たちも何百名かいる。万死に値すべき罪科である。

しかも、澄田といい、山岡といい、残留者を残したまま自分たちはゆうゆうと日本に帰還して、おそらくは高額の軍人恩給をもらって暮らしていたのだろう。

これらの将軍は、いずれも陸士、陸大を出てエリート中のエリートとしてその地位を誇っていたのである。

私は図らずも、戦争末期、フィリッピン司令官だった陸軍中将富永恭次が戦線急を告げんとするや、いちはやく台湾の安全地帯に遁走したことを思い出した。

noblesse obligeという言葉があるが、地位にふさわしい責任、誇り、自負という意味のようですが、こういう将軍たちにはこの一片もない。

せめて帰国後、国会の証人として、2600名残留について、軍命令があったことを当事者として明白に証言すべきであった。それが唯一の罪ほろぼしでもあったと考えられるのに、真実を述べず、身の保全に終始したのは何とも醜い卑劣な姿であった。

本書は別名『将軍たちのみにくい犯罪』と題してもよいようだと、ひとり合点で思います。
読みながら、色々の人物が出てくるので興味深く感じました。

城野宏は丸山真男の東大同期でひとしく南原教授の教えをうけながら、どこで読み誤ったのか、あたら才能をあやまった方向につかい、人生の歯並みを狂わせた。あわれむべきか。

河本大作は張作霖爆殺事件の主犯としてのみしか知らなかったのですが、この方面も暗躍していたのかとはじめて知りましたが、彼は彼なりに責任を感じて故国には帰らず、この点はさきの将軍に比べてまだましというべきか、と思います。

今村方策は、今村均将軍の弟とかはじめて知りましたが、今村均は戦犯で死刑判決とありましたが、戦後復員し、部下にかわって南方の島で労役に服したとかの記事を読んだ覚えがあります。武人としては立派なものだと思っていました。

書きつらねれば限りもありませんが、とりあえずこのていどとして、山下氏のこれからの実り豊かな人生の歩みを願って止みません。

最後に、この事件の最終責任者として岡村総軍司令官の問題もあると思います。松井岩根が絞首刑に処せられたのと何という違いがあるのでしょうか。

しかも、岡村らは澄田とともに、平和憲法のもとで、台湾に義勇軍を結成して送ろうとする陰謀を実行しようとしていたとは、彼らこそ真犯人ではないでしょうか。

長くなりました。またそのうち。

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『日本軍「山西残留」――国共内戦に翻弄された山下少尉の戦後』に対する評、感想
宮坂英朋氏(編集者。著者の先輩)

 岩波の辞典部にいた宮坂です。先日、竹内好春さんが米濱さんの新著『日本軍山西残留』をおくってくれました。重いテーマに襟を正し、さっそく読み始め、読み進めるほどに吸い込まれ、いっきに読了しました。専門家にむかって失礼とは思いますが、素人にも分かりやすく問題を整理され、ていねいに、深く、客観的に記述されていて、実にいい仕事をされたというのが第一番の感想です。

 ここ一週間は『山西残留』を縦から眺め横から眺めて過ごしました。登場する人物が多いので山下少尉を見失い、頭からその採録部分に付箋をはってまとめて読み直したりしました。これは私の感性に問題ありで、今は記述に濃度を加える存在として光っております。

さて、山西残留はあれだけ徹底的に敗れた戦争の中では信じられないような事件ですが、しかしいろいろな要因がむすびついて引き起こされ、帰趨次第ではもっと大きな混乱と犠牲を生じていたのだと知りました。

徹底的に戦って、うちのめされ、新しい日本が生まれたという捉え方に立てば、北支那方面軍の司令官、参謀、一部将兵、居留民らは徹底的に戦わず、したがって打ちのめされず、それゆえ自己を過信し、時代を読みあやまり、弾き飛ばされたのだと思います。戦後の澄田らの国際義勇軍の目論見など、笑うに笑えない出来事です。

それにしても山西残留から何か得たものはないだろうか。『山西残留』を読んでいて、ぐっと胸に来る場面があります。「前川手記」の描く宮崎・山岡の対決は、宮崎の迫力に圧されます。今村をふくめ人材ありの感を深くします。別の意味で、河本大作の「供述書」や城野宏の「日本人の立場」は、なかなか読ませます。

山下少尉の「坦白」は陰謀、解放軍との戦争、抑留、帰国を生き抜いた人間の大事な証言として、これこそ山西から得たものだと思います。ここには戦後の民主主義に連なるものが生まれています。山西残留は狂熱であったにしても、そのあぶくの中から山下少尉は生まれ変わるのだと思います。
最後に「「軍命はなかった」か」。本書執筆の主眼の一つは当然ここにあるわけで、筆者は克明に事実を追っています。読者としてこの問題をどう受け止めるか、私たちは今その地点に立っています。
「オーラル・ヒストリー企画」を知り、さっそくのぞき見しております。

この著作につぎ込まれたエネルギーの大きさを思い、その誕生をともに喜びます。ご自愛ください。

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